昭和54年10月24日 朝の御理解
御理解 第34節
「比処へ参っても、神の言うどおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言う事は道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むようなものがある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改める事が第一なり。神に一心とは迷いのない事ぞ。」
神の一言は千両の金にも代えられぬ。教祖の神様が天地金乃神様より受けられた御教え、それを身をもって行じられ、そこから翻然として開けてきた、お心の状態いわゆる悟りの状態。そういう尊いお話をして下さるのであり、残しておって下さるのであるから、私共もいよいよ心して、それを有難く頂かなければ。いわゆる実験していかなければ、実証は生まれない。その実験実証さして頂いて、それが積もり積もって、いうなら御神徳ともなる。土産は船にも車にも積めぬ程の御神徳があると仰ってある。
昨日、お月次祭の時にいつもちょうど、いつもここで三時の研修をしておる時に、必ず参って見えるんですが、福岡の松岡さん達御兄弟、松岡さん達夫婦、それからあちらの奥さんの妹さん達御夫婦、山田さんと言います、栗の仲買いの様な事をなさって、自分でも甘栗をですよねを福岡にでておる山田と言う、まぁ中々成功しておられる訳なんです。それが昨日お届けをされますのに、今年はその栗が、日本の栗では甘栗にならんのですよね。やはり天津栗というて、中国から来るのでなからんと駄目なんです。
しかしその今年は非常に栗が不作であった、為に割当てで、送って来るのに三分の一しか送ってこないという、三分の一を送ってもらったんでは、もうどうにも仕用がないから何か他の事でも思い立とうかと思います。と言う様なお届けであった。これはまぁ困った事だ、言うなら百円儲かっておったものは三十三円しか儲からない事になるわけですね。現物が三分の一しか来んのですから、それでやっぱり死活の問題ですから。
もうその事が非常に気になって、神様にお願いをしてから寝ませて頂いたら、奥さんの方がお夢を頂いておる。そのお夢の中に、あちらも満洲か中国の方からか引上げてみえとるんです、引上げてくる時には、もうそれこそリュック一つで引揚げて来た時のお夢を頂かれたそうです。それで「これはお父さん、私達がほんの裸一貫で今日ここ迄おかげを頂いておるのだからね。引上げた時の事を思えば、例え三分の一が四分の一になっても、やれん事はないですよ」。
と言うてま主人に力ずけますけど、そん時は若かったけんでち、言われるらしいですけれども、それだと思うんですね。教祖様もおかげを受けた始めの事を忘れなければ結構である、と仰っておられます。おかげを受けた時の事をいうなら、教祖様のお言葉ですから、これはもう言うならさらな信心といわれるか。本当に神様を実感的に、瑞々しい心で有難いと思うた。本当にあらたかな神様だと思うた。その時の事を思うたら良いと言うのです。中々そうは思いません。
それで考えてみると、なら今日まで引上げて帰って今日までのおかげを受けておる。それこそ家も出来ておる店も立派になった。もう何かにつけておかげを受けておる事を思うと、その事のいうなら不平よりも不足よりも又は不安心配よりもです、御礼を申し上げる事の方が多い。もうこの神様は御礼さえ申し上げときゃおかげ頂く神様ですから、とても三分の一が四分の一になっても、しっかり御礼を申し上げよんなさるとおかげ頂きますよ。と言うてその前に私誰でしたか。
お取次ぎさせて頂いた事もやっぱそんな事でしたから、いわゆる御礼不足と言う事であるね。しっかりおかげ頂いておる事実を踏んまえての、信心というか御礼になって来ますとね。それが丁度礼という字がカタカナのネを書いて、そしてこう魚釣り針の様になっておる、あの釣り針の様なお知らせを頂いてね。もう御礼を申し上げると、次に釣りあげる準備を神様はちゃあんとして下さる。その事はいわば今年は商品が少ない、三分の一にへった。と言うて不平不足ではなくて。
今日までおかげを受けて来た事を心から御礼を申し上げていけば、おかげが受けられると。もう釣り上げる準備は神様がして下さると仰るのだから、これはやっぱり守る、と言う事はおかげにつながる、と言うだけでなくて、成程その一言が御神徳のお言葉である。「神の一言は、いうならば船にも車にも積めぬ程の神徳がある」。という事になるのです。だから本気で、あれも頂いておる。これもおかげである。と言う事をまずは私は感ずる事、実感する事である。
そしてそれに対する御礼を申し上げておけば、その困った事が消えて無くなる様に、おかげを受けると言うのですから。神の一言は、「あぁ先生はそう言いなさるけれども、神様はそう教えて頂くけれども」、それは教祖の神様が神様からお知らせを受けられて、またそれを実行されて、そしておかげを受けられ、お徳を受けられ、心に開けた悟りを教えて下さるのですから、それをやっぱり守らなければいけませんね。
昨日、金光新聞ですね、金光教、教徒新聞というのがなんかあっている、に「忘れえぬ思い出」というのが度々載ってくるんですけれども、福岡の今の教会長の次の弟さん、足の悪い先生がおられますよね、中々しっかりしたお方です。中々なら力を持った先生ですが、その先生が書いておられるのに、いうならば三代の吉木辰次郎先生、いわゆる先生の為にはお父さんになられる方の、もうそれが最後の一言になった、と言う思い出の話を書いておられます。もう先生は少し身体がお弱りになった時分であったから。
一緒にお風呂に入って背中を流さして頂いて、本当につやつやとしてまこう肥えておられたんですけれども、もうその頃は随分痩せておられたらしい。背中を流しておられたら、親先生がポツンとこう仰った事が、それは自分の一人言のようであった。それはどういう事を言われたかと言うと、「直接ものを聞いてはいけんなぁ。」と言われた。私それをひとこと聞いた時にですね。これはもう吉木先生の最後の、いうなら御晩年のひとつの悟りだと。私はそれを読んで感じました。
だから昨日は、研修の時にそれを読んでもらって、そして「皆もここん所のおかげを頂かなきゃならん。もう六十になり、七十になってからと言う事よりも、今これを実行さしてもろうて、おかげを頂かなきゃいけないよ」という訳でした。それからまた湯船に入られて、それこそ気持ちよさそうに、あのう一人語りのようにして言われた事は、「直接人にものを言うてはいけんな」と言われた。私に言われたのか一人言かわからんけれども、それが脳軟化症で亡くなられましたから、もう最後の父の言葉であった。と言う事が書いてございます。素晴らしいですねえ。
私は、私と吉木辰次郎先生の事を思うてみてです、本当に福岡との間は、吉木先生の御信心を頂いて、毎日日参りさしてもろうて、まぁそれこそ道の教師になったらどうか、と私に勧めて下さるような事があったり、特別わざわざ奥に呼んで下さって、そして「これはなあ、大坪さん、他の者には見せられんとばってん、あんたならよかろう」。と言うて三代金光様のお若い時の御信心の事が、ガリ版刷りになっておる、大変貴重なそのお話なんかを見せて下さった。まぁ時代がございましたが。
その後において、私と親教会との色んな問題が起こって、まあ世評と言うか一般が、もう兎に角、「大坪が教師でもないのに、その取次の真似事をしとる。そして神様からお知らせを頂くと言うて、色んな間違った信心をしておる」。といったような事を、ま、聞かされたわけですね。ま久留米関係やら、勿論、福岡、善導寺はお兄弟ですから、もう一番入っていっとる。もうだから、たんびたんびにまぁいうならば、いうなら信心が間違って居る。でなかったら皮肉っぽく。
兎に角、私の居る場で説教なさる時には、私に対する皮肉の様なお話ばっかりなさって居られまして。そういう事から、福岡には私も疎遠になった訳ですけれども、本当にあの時分に、もし吉木先生がね、直接聞いたり直接言うと言う事をなさらなかったら、私と福岡の間は、もっと素晴らしいものが生まれとったと思うんです。善導寺から聞かれた事を直接聞かれ、はぁそげなこつなあと言うて聞かれたに違いはないです。これは桜井先生においても、しかりだと思うんですね。
または怒られる時でも、直接いうなら怒っておられた、私とのそういう関係がありますから、吉木先生の最後のお言葉というものがです、本当に最後のいわゆる晩年のお悟りであったと私は思うんです。「直接ものを人に言うてはいけないなぁ」と、「直接ものを聞いてはいけないなぁ」と、もうそれが一人語りのように、ポツンと言われた。その言葉がもう最後の。いうならば言語障害が起こって、それからもう言葉が出なくなったんです。そしてもうそれからしばらくして、亡くなられた訳ですけれども。
それが最後の父の言葉であった。と言う事をまぁ言っておられるけれども、私はその先生が感じておられるよりも、自分の事にそういう関係があったですから、本当に素晴らしい先生の御晩年の悟りである、と私は受け止めたんです。私と福岡との間の仲にもです。先生がもしあの時に、善導寺の言われる事を直接に聞かれずに、「そうかなぁ、私は大坪さんちゃ、そげな男とは思わんぢゃったが」。と言うて私の信心を、こんだ私から聞いて下さったり、見て下さったりなさったら。
もっと違ったいうならば、私と福岡、私と小倉、と言った様な間の仲にでも、もっと素晴らしい事になっておった、というふうに私思うんです。その一言だけぢゃ有りますまい。これは、私と福岡の吉木辰次郎先生の間だけでも、そうであった事を御晩年に悟っておられます。皆さんどういう事と思いますか。直接ものを言うてはいけない。直接ものを聞いてはいけない。そこには神様という仲介、神様というお取次の働き、というものを受けてからの聞くであり、言うである。
そういう意味で、私は非常におかげを受けておるな、という事がございます。ここに御信者さんの上にでも、または、修行生の上にでも、目にあまるような事を、聞いたり、または見たり致します。「これは一言言うとかな、いけんぢゃろか」。と思うような事でも、私は絶対に言わないですね。神様にお願いをすると言わんで良い事なんです。そういうことがなら私と皆さんの中に、私と修行生の中にです。そこところに私しは合楽の修行生が育つというのは、そういうことから合楽は人が育つといわれる。
育つおかげが頂けるんだなぁ。というふうに思いました。私が言う場合は必ず神様という、いうならば仲介があるね。その神様の心を通してから皆さんにも言うのであり、または聞く場合であってもね。それはもう本当に大変な、色んな事を中傷する人がありますよ。誰々さんがそげなこつなと私が聞いたら、私もカッカッくるような事があるんです。けどもそげなこというの私は絶対言わんまた思わんです。
「はぁ神様が私に、あげなこつば言うて聞かせござるなぁ」。という事になるんですね。そこにね、いうなら神ながらな、おかげという事になり、そういう生き方を私は頂いておる。例えば、この吉木先生の最後の、最後のお言葉であると同時に御晩年の悟りというものがですね。してそれを分かられてこれを書いておられる、この吉木道輝先生ですかね。素晴らしい受け止め方をなさって、それを生涯の父の言葉として思い出として、深く刻み込んで頂いとられるという事が有り難い。
吉木道輝先生ですかね、先生のお話からです。皆さん例えば「神の一言は」。という吉木先生のそれは神の一言である。それを私はもう自分の事としてピシッと頂き止めた。私はおかげを受けておるなぁと思ったから、私がおかげを受けとる事をうちの修行生の方達にもね、「直接ものを言う事をしなさんな、直接聞く様な事をしなさんなよと、そこからおかげが崩るばい」。そんなら今日皆さんにこの一言を聞いて頂いたね。
山田さんの、いうならば「引上げて帰ってきた時の事を思やぁ、こんな立派な家も建っとる、こういう財産も残っとる。さぁ今年栗の仕入れが出来ない、三分の一しか出来ない。というような困った事態になっても、お父さん本当にお夢の中で頂いたように、私どんが、引き上げて帰って来た時の事を思えば、だからほかに受けとる事は全部御礼を申し上げなければならない事ばっかり。
そこでなら御礼を申し上げておれば、御礼と言うのは、ちょうど魚釣り針を用意したようなものですから。あとはまた、限り無く釣り上げられる道が必ず開ける。そこに困ったり、難儀を感じたり、不平不足を言うては相すまん」。という神の一言いうならば、いわゆる、吉木先生の御晩年のお言葉であると言われる、一人語りのようにして、ポツンと言われた事を、いわば道輝先生は、それを頂き止めておれらる。
それを聞きながら私も、それを神の一言として頂き止めておる。それをなら、昨日は修行生の方に聞いてもろうた。今朝は皆さんに聞いてもろうた。はぁこれはもう直接なら息子にでん、娘にでんもう自分が直接言う様な事があっちゃならない、「神様今からこういう事を話します、こういう事を言います」。とお取次を頂く思いでです、そして一遍自分の心の中で吟味してみてですね、直接言うべき事か言わんですむ事か。
という事を確かめて、神様に願って言う様な行き方から、成程御神徳、船にも車にも積めぬ程の神徳がある。と仰る神徳を、そこに感ずる事が出来るのでありますね。どうぞひとつね、直接言うたり直接聞くような事、どういう事を聞いてもですね、誰々さんがどういう事を言いなさったげな。もうそれがもう情けなくて堪らんとか、腹が立って堪えられん、一言言うて返さなければ、と。
自分が直接聞いとるから腹が立つとです。中に神様の仲介を入れてごらんなさい。むしろ御礼を申し上げねばならん様な事に、腹を立てとる場合があるのです。それではせっかくの一言がおかげにならんのです。お徳にならんのですね。神の一言はそれこそ船にも車にも積めぬ程の神徳に、私共が頂いていくという事が私は信心だと思うんですね。
どうぞ。